|
名駅舎 伊那八幡
毛賀からは、僅か1q程で伊那八幡に到着する。 2面2線の相対式ホームを持つ無人駅だが、残された駅舎は名建築として知られている。 僅かな停車時間の間にホームから窺うだけで、全体を詳細に見られないのが残念だ。
ホーム側の白く塗られた柱で組まれた上屋は味わい深く趣がある。 窓や扉にはアルミサッシがはめ込まれていて、残念ながらこれが歴史的価値を低下させているようだ。 ある物の本によると、マンサハードの玄関に縦長の窓、洋館のポイントを押さえた駅舎だそうだ。 伊那電気鉄道時代の大正15(1926)年に建築されたものだ。
かつては、「鳩ケ嶺八幡宮」参拝の玄関口に有り、観光駅舎であったらしい。 この八幡宮は、駅の西500mほどのところに鎮座する伊那谷を代表する宮で、駅名もそれに因んでいる。 飯田線に急行列車が運行されていた時代は、その停車駅でも有った。
Ω状の迂回線
飯田線は、伊奈八幡を出ると左に大きくカーブし、次の下山村辺りで、進路を西に向ける。 そこは山間にあって比較的平坦な小さな盆地で、天竜川の支流の松川や野底川が町中を流れている。
列車は鼎、切石と停まりその先で北東方向に向きを変え、更に東寄りに進路を修正しながら飯田に向かう。 次の桜町を出ると今度は東に向きを変え、伊那上郡を出て進路をようやく元の北に向ける。 地図で見ると良く解るが、実はこの伊那上郡から直線で2qほど南に行くと、下山村の駅が有る。 ここでは線路が、その盆地の中を大きく「Ωの字」を描くように迂回しているのだ。
かつて「下山ダッシュ」が話題になった事があった。 付け根の下山村と伊奈上郡は、鉄道移動より一旦下車して、町中をダッシュした方が早く着けると言うものだ。 しかし、実際のルートを国土地理院の標高地図や道路地図などで調べてみると、そう簡単では無い事が解る。 この間の鉄道路線は約7qで、標準的な所要は13分前後であるが、この列車の場合は21分である。 しかし列車にもよるが、途中の飯田で長時間の停車設定であれば、30分近く要する場合もある。
どれくらいの所要時間があれば、列車より速く駅に駆け込めるものなのか? 下山村で一旦下車をして、伊那上郡に向けて歩く場合を地図上で検証してみよう。 スタートの標高は427m、先で松川に架かる新飯田橋を渡り、更に支流の野底川に架かる睦橋を渡る。 この間の800m程は、ほぼ平坦で標高差はなく問題は無さそうだ。 ここで左岸に出て、1.2q北上するが、ひたすら上り道で最後は498mになり、この間で71mも上っている。
町中には恐らく何カ所も信号があるであろうし、他にも通行人はいるはずで、競技場の様には行かない。 逆ルートで下っていくなら、まだなんとかなるかも知れないが、まず無理である。 まして町中をダッシュで走り抜ける等は、危険この上ない行為で、決して勧められるものでは無い。
飯田の町
飯田駅は飯田市の中心最寄り駅で、この路線の中にあっては代表的な駅である。 到着時刻は14時42分で、ここでは8分間の停車がある。 単式と島式ホームの2面3線を持つ大きな有人駅で、ここには駅長も配され、特急や快速の停車駅でもある。 平成に入り改築された赤い屋根の駅舎は、リンゴの赤をイメージしたものだという。
(国土地理院地図) 飯田市は長野県南部に位置し、人口およそ10万人だ。 長野県では長野、松本、上田に次ぐ人口第4の規模を誇る都市である。 南信州に位置し、りんごの産地としても知られ、市内にある並木通には、長さ450mほどの間に「りんご並木」(日本の道100選、かおり風景100選)もあると言う。
ここ飯田は南信州の交通の拠点である。 この飯田線の「Ω状の迂回」は、南信州の中心都市の中核部分に入り込む目的が有ったようだ。 当駅は鉄道のみならず、市内路線バスや、首都圏、長野或は名古屋に向けた高速バスも頻りに発着している。
南アルプスの玄関駅・伊那大島
飯田線は、右に南アルプスの赤石山脈、左は日本アルプスの木曽山脈の山並みに挟まれている。 いわゆる信州では南部に当たる伊那谷と呼ばれる地を通っている。 そこは天竜川により形成された、河岸段丘の段丘面の平坦地と言われているが地勢は意外に起伏がある。 そんな狭い盆地を、鉄道も中央高速道路も、国道153号線も、皆一様に北に向け駆け抜けている。
飯田の駅の有る辺りの標高は、既に500mを越えている。 駅を出ると次の桜町に向け少し上り、その後伊那上郡と元善光寺の間では25‰の急勾配で一旦標高を下げる。 下市田辺りからは再び緩やかに上り始める。 その先の市田辺りから、「Ω状の迂回」で暫く遠退いていた天竜川が車窓右手に再び近づいてくる。
ここまで来ると駅名にも「伊那○○」と言うように、「伊那」を冠した駅を度々見かけることになる。 山吹駅を出て暫くし、進路を北に向けるとやがて標高500mを取り返し、その先が伊那大島だ。 相対式2面2線のホームを持つ有人(簡易委託)駅で、ここでは列車の交換があり、8分間停車する。
長い停車はもどかしくもあるが、適度に挟まれば、長時間乗車の疲れを癒やす手頃な時間となる。 こうした長い停車の場合、目の前に改札のある、単式ホームに停まってくれるのがありがたい。 島式ホームだと跨線橋を越える、或は構内踏切を渡るなどしないと改札を出られない。 しかし目の前が改札なら、一寸駅前に出てみようと言う気にさせてくれる。
時には気分転換に改札を抜け、駅の売店や観光案内所を覗いてみる。 土地の珍しい食べ物や、駅弁・立ち食いのそばが見付けられるかも知れない。 更に時間があるならば、駅前を少しふらりと歩いてみる。 ロータリーを巡り、駅を取り巻く周囲を眺め回して見ると、思わぬ銅像や記念碑があったりもする。 するとなんとはなくその町の姿が思い描けそうで、駅前がその地の顔のように思えてくる。
伊那大島駅付近の標高は519mで、駅前に出てみると、心なし空気がひんやりとしているようだ。 南アルプス登山の最寄り駅で、登山客の利用が多いらしい。 駅の改札横には待合室ではなく、「登山者休憩所」も設けられている。
駅前からは、南アルプス塩見岳(3,047m)方面への登山ルートのある鳥倉登山口に向けたバスが出ている。 季節限定で一日2往復運行されているようで、駅前から登山口までは2時間近く掛かるそうだ。 この辺りは日本有数の山脈に挟まれた風光な地で、そんな地を鉄路が貫いている事を改めて思い知った。
ハイライト区間
伊那大島の先には、名うての急勾配区間が待ち構え、更に天竜川に並ぶ、新たな主役も加わることになる。 地図によると、左手には南駒ヶ岳(2,956m)、常念岳(2,857m)や、烏帽子ケ岳(2,194m)などが確認できる。 右手も赤石山脈を構成する山塊のようだ。
列車は伊那谷を軽快に駆け抜けると・・・とは行かない。 ここから駒ヶ根辺りまでは、25‰の急坂の連続で、幾つも上り下りを繰り返す。 さらに蛇行をする川を避けるように、右に左に細かく進路を変える。
鉄輪を軋ませながら速度を落とす急カーブと、急勾配のお陰で車窓が大きく変化するさまは贅沢だ。 飯田線の車窓は、いよいよハイライト区間を迎えることになる。
上片桐は2面2線の島式ホームを持つ無人駅で、この辺りでは標高が600mを越えてくる。 嘗ては駅前に大きなセメント工場の施設があり専用線が有ったらしいが、今は撤去されている。 次の伊那田島も、高遠原も共に1面1線のホームを持つ無人駅で、乗客の乗り降りは極めて少ないという。 何れも駅舎はなく、ホーム上に待合所(室)があるだけだ。
伊那田島と高遠原の駅間には、大沢信号所という場所がある。 駅ではないので乗客の取扱いはないが、ここでは列車の交換が行われる。 下り列車が先に本線に入り、暫くすると上りが副線に入って来て列車の行き違いが行われる。
高遠原の次の七久保付近でも木曽山脈の素晴らしい眺望が車窓を楽しませてくれる。 ここから伊那本郷を挟んで、飯島までは25‰の下り勾配が続く。 周辺は田畑や果樹園が広がる長閑な地で、人家も極めて少なく、日本の原風景を見るようだ。
飯島は2面2線を有する地上駅で、この辺りにしては珍しく有人(簡易委託)駅である。 駅周辺にも人家が多く賑やかで、ホームにも観光協会の案内板が立っている。 中央アルプスの南駒ヶ岳(2841m)や越百山(2613m)への登山口らしい。
次の田切は、1面1線のホームを持つ無人駅だが、やや高くなった高架(築堤上)駅だ。 嘗てはカーブの途中にある地上駅であったが、安全確認が困難なため、現地に移転したのだそうだ。
(c)2010 Sudare-M, All Rights Reserved. |