Ωカーブ 伊那福岡

 

嘗て主要な駅の構内にはキヨスクが有り、立ち食いのそばの店、駅弁の販売店が有ったものだ。

しかし、今ではとんと見なくなり、代わって目にするのが全国どこにでもある見飽きたコンビニだ。

品揃えは多少地場産を意識はしているが、本質はコンビニそのもので何とも味気ない。

 

また駅には観光案内所も結構備わっていたように記憶している。

これも近頃では、多くが閉鎖され、代わりに無機質なスタンドに置き換わっている駅も少なくはない。

それでも、観光パンフレットが置かれていれば良いのだが、宣伝チラシばかりだと、がっかりする。

 

全国9,465駅の内、無人駅は4,564駅だと言い、これは全体の48.2%にも及ぶ。(2020年3月国交省調べ)

近年、駅から乗客と顔を合わす駅員は消え、券売機、自動改札への置き換えは加速している。

やがて駅から駅業務従事者の人影は消え、駅での対応は遠隔か、ロボット任せになってしまうのか。

このような有様では、鈍行列車が駅で長時間停車しても、なすこともなく何ともつまらない。

 

伊那福岡

伊那福岡

伊那福岡

 

伊那福岡

伊那福岡

伊那福岡

 

 飯田線は飯島や田切を経て 中田切川を橋梁で渡る。

右手には、国道153号の中田切橋と、その奥に伊南バイパスの「中央アルプス大橋」が見えている。

遙か山頂に雪を頂いた山は、赤石山脈を構成する山であろうか、美しい姿を見せている。

 

橋を渡り、賑わいを取り戻した町並に入ると、伊那福岡に到着で、ここでも4分の停車がある。

2面2線の対面式ホームを持つ無人の地上駅で駅舎はない。

近くには駒ヶ根工業高校があって学生の利用が多いという。

 

コンクリート造りの構造物が印象的な駅である。

駅舎ではなく門の様にも見受けられるが、これは駅舎でも門でも無く、待合室らしい。

赤い半円の鉄骨とアーチ状の入口は、Ωカーブを表しているという。

実は、先程渡ってきた中田切川鉄橋は、飯田線名物のΩカーブ状の鉄橋でそれをモチーフしたものだ。

 

 

伊那地方のど真ん中・駒ヶ根 

 

駒ヶ根駅には1613分の到着で、ここでも8分間の停車がある。

豊橋を出たのが1043分、ここまでの距離は165.6キロ有り、5時間半ほどを要している。

列車の単純な平均速度で言えば、30qほどにしか成らない。

しかしこんな長時間の運行なのに、ほぼ定刻の到着で、今更ながら日本の鉄道の正確さには驚かされる。

 

信州南部、伊那地方の丁度真ん中辺りに位置する駒ヶ根市の中心がこの駅だ。

1面1線と1面2線のホームを持つ大きな地上駅だが、ホームをつなぐ跨線橋はない。

ここでは辰野方面に向かう列車が、駅舎に近い1番線に停車する。

 

駒ヶ根駅

駒ヶ根駅

駒ヶ根駅

 

駒ヶ根駅

駒ヶ根駅

駒ヶ根駅

 

駒ヶ根駅

駒ヶ根駅

駒ヶ根駅

 

 列車を降り、駅を抜け、駅前に出てみる。

ここは駅員のいない簡易委託駅で、以前は駅弁の販売が有った構内の売店も、観光案内所も廃止されている。

代わりに市のサービスコーナーが有り、行政サービスの傍ら観光案内を行っている。

しかし何とはなく、行政と知ると入りにくい。

 

駅は南信州の観光の拠点であり、中央アルプス登山の最寄り駅で、アルプスをイメージした駅舎が建っている。

駅前からは登山口である駒ヶ根ロープウェイや、早太郎温泉郷、駒ヶ根高原等に向かう路線バスが発着している。

駅周辺には商業施設も立地し、近くには商店街も有るらしい。

 

 

JR最急勾配区間

 

左手に駒ヶ岳等木曽山脈(中央アルプス)の遠景が流れる中、大田切、宮田、赤木の各駅に停車する。

赤木を出ると沢渡の間には、JRでの最急勾配と言われる急坂がある。こちらからなら、下り勾配だ。

嘗て上越本線の横川と軽井沢間の碓氷峠越えが66.7‰と言う急坂であった。

しかし、北陸新幹線開業に伴い同線は廃線となり、そのため現在ではここの40‰が最急勾配区間となっている。

 

最急勾配区間

最急勾配区間

最急勾配区間

 

最急勾配区間

最急勾配区間

最急勾配区間

 

こんな急坂だから、さぞかし山の中に有るだろうと思っていた。

しかし車窓風景をこれまで気を付けて見てきたが、一向に寂しい山中に変わる気配がない。

山並みは遠く離れ、周りには所々に集落があり、人家や工場らしい建物も彼方此方に見える。

そんな周囲には手入れされた田畑が広がり、そこを貫くように線路が通る長閑な地だ。

 

 この地の存在は、乗車前の予備知識として知っていた。

「渡らずの鉄橋」では撮り逃がしただけに、「今度こそは写真に・・・、」との意気込みである。

幸いなことに、珍しく列車の最前部には誰もいない、チャンスである。

この急勾配と、40‰の勾配標識を写真に撮ってやろうとカメラを持ち、待ち構えていた。

 

最急勾配区間

最急勾配区間

最急勾配区間

 

最急勾配区間

最急勾配区間

最急勾配区間

 

しかし気が付いて、時計を見ればそろそろ沢渡に到着する時刻が近づいている。

「えっ!」と思ったがもう遅く、既にこの時チャンスを逃していた。

先入観から車窓の景色に惑わされ、折角の機会を残念ながら見事に逃がしてしまったのだ。

この急坂は意外にも山中では無く、田畑や町並の続く中にあった。

 

 定刻に沢渡に停車し、6分ほどで次の下島にやって来た。

ホームの片隅には、15.2‰の上り勾配標識が立てられていた。

気休めに写真に収めたが、40‰のJR最急勾配を示す標識が撮れなかった事が残念でしょうが無い。

 


 

伊那市

 

 冬の日暮れは随分と早い。

列車が駅に滑り込むと、ホームを照らす蛍光灯の長い光の帯が輝きを増し際立っていた。

空に広がる透き通った青空の下部は、既に薄橙色に染まり、屋根のすぐ下に筋を引いたように見えている。

 

夕方5時を少し過ぎた頃、伊那市駅に到着した。

相対式のホーム2面2線を持つ有人駅で、ここには駅長も配置されている。

帰宅時間を迎えているのであろうか、学生などホームには列車待ちの人が意外に多い。

久しぶりに目にするホームの活気ある人混みである。

 

伊那市駅

伊那市駅

伊那市駅

 

伊那市駅

伊那市駅

伊那市駅

 

伊那市駅

伊那市駅

伊那市駅

 

伊那市は人口6.6万人余り、伊那谷北部に位置し、南信州地方では中核的な町だ。

その中心的な駅で、町もここを起点に開けていて、桜の名所で有名な高遠城址公園への玄関駅でもある。

駅からバスで30分ほどの距離だと言うが、残念ながらまだ行ったことが無い。

 

日本さくら名所100選の一つである公園には、およそ1,500本もの桜が咲き誇る桜祭りが知られている。

明治に入り、城が取り壊され城址は公園として整備された。桜はその時以来である。

旧藩士達は城内の桜馬場から桜を移植し、或は植樹をしたのが始まりで、百年を越える古木も多いという。

 

 次の伊那北駅は、単式と島式ホームに3線を有する無人駅だ。

町もこの辺りまで連続して開けているので、利用客は伊那市駅に引けを取らないほど多いらしい。

この二つの駅間は短く1qにも満たないので、歩いても15分も有れば行けるという。 

列車はこの先で田畑、北殿、木ノ下、伊那松島、沢と停車を重ね、いよいよ終着駅に近づいていく。

 


 

 

 長かった飯田線普通列車の旅も、ようやく終わりが近づいてきた。

この先羽場、伊那新町、宮木に停車して、いよいよ終点の辰野に向かう。

 

飯田線195.7qの終点、ようやく辰野にやって来た。

嘗ては中央本線の優等列車も停車した、2面4線を有する大きな駅である。

しかし、今停車する特急はなく、僅かに快速のみの停車駅となっている。

駅にはJR東海とJR東日本の境界があり、その区切りが駅の手前にあり、東日本の管轄駅となる。

中央線のルートから外れたせいか、駅業務は外部委託されている。

 

豊橋を出たのが1042分、ここ辰野到着は1718分で、この間6時間半ほどの普通列車の旅であった。

飯田線はここが終点である.

しかし、多くの列車は辰野からそのまま中央本線に乗り入れ、川岸を経て岡谷まで行って終着駅となる。

夕暮れが迫った駅は、通勤や通学の客で混み合うっている。

その後、辰野を発つと岡谷到着は1731分の予定で、これで凡そ7時間にわたる鈍行列車の旅が終わる。

 

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

 

電飯田線の終点・辰野車, 建物, 跡, 屋外 が含まれている画像

自動的に生成された説明

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

 

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

 

 中央本線の東線は、嘗ては岡谷からは川岸、辰野、信濃川島、小野を経て塩尻に到っていた。

そこで中央西線に引き継ぎ、名古屋に向かうのが正規のルートである。

しかしこれだと岡谷と塩尻の間は、大きく「U」字に迂回する。

その為、首都圏方面からの利便性を向上する目的で、この間に塩嶺トンネル(5,994m)が掘られた。

昭和581983)年に開通した結果、距離は16qほど、所要時間も大幅に短縮させる事になる。

 

 トンネルの塩尻側の出口付近にはみどり湖駅が新設され、東線の殆どの列車はこの短縮線を行くようになる。

今では、旧ルートの辰野と塩尻間を行く列車は極めて少なくなり、完全にローカル線化してしまった。

飯田線の殆どの列車の終着が岡谷と言うのも、中央線への乗り換えの利便を考えての事である。

 

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

 

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野

飯田線の終点・辰野


 

飯田線の沿線、92の駅で律儀に発停をくり返し、時に長時間の停車を何度も繰り返してきた。

そんな7時間半に渡るローカル線普通列車の旅は、平均速度は30q程で、正に鈍行列車の旅であった。

 

 降り立った岡谷のホームで、今晩の宿を予約した松本行きの列車を待っている。

今朝、自宅最寄り駅で電車に乗ったのが7時少し前、その松本到着は18時半頃の予定である。

駅前のビジネスホテルに入れば、凡そ半日にわたる列車の旅が、これで無事に終わりとなる。

 



 

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