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安曇野わさび田湧水群
長野県の中部に位置する安曇野は、雄大な北アルプスを望む豊かな自然に恵まれた人気の観光地だ。 梓川、犀川、高瀬川の三つの川により作られた扇状地と言われ、豊富に湧き出す湧水群が知られている。 水は北アルプスの雪が解け、伏流水となって出ているのである。
地中深く染み込んだ水は、凡そ6ヶ月から長いものでは12〜13年も掛けて扇状地に湧き出ているらしい。 その量は日に70万トンにも成り、水量は年間を通じてほぼ一定、水温も15度前後に保たれているという。 分類上はミネラル成分である、カルシウムや鉄分を含まない軟水に当り、まろやかで飲みやすい。
この湧水がわさび栽培にも適しているという。 わさび田を潤し排出された水は、さらにニジマス養殖に再利用されるらしい。 海の無い長野県は昔から各河川での川魚漁が盛んで、綺麗な水に住む川魚は、貴重なタンパク源になっている。
穗高の駅から里中を歩いてみると、綺麗な水の流れる川、用水、疎水のようなものを至る所で目にする。 こうした湧水の流れの近くには小さなわさび田も広がり、生産直売する個人店舗も点在している。 観光名所の一つとして知られる「大王わさび農場」は、この「安曇野わさび田湧水群」の一角にある。
「大王わさび農場」の歴史は古く大正4(1915)年、わさび畑の開拓を思い付いたことに始まる。 扇状地の豊富な湧水に着目した先代が、5町村に跨がる砂利ばかり雑草だらけの荒れ地15丁歩の土地を取得した。 個人所有に2年も要したと言い、そこから始まった開拓の歴史は、20年の歳月を掛けようやく新畑を完成させている。
しかしその後も苦難の歴史は続き、実生苗の育成に着手したのは昭和39(1964)年の事だ。 今では4.5万坪の広大な農場と成り、年間150トンもの収穫量を誇るほどになった。 これは日本の総生産量の凡そ1割に相当するそうだ。
その後農場内に、売店やレストランが作られ、積極的に観光客を迎い入れる体制が整えられた。 合わせて、北畑、東畑、大王畑、古畑に分かれ栽培されている、わさび田を巡る園内の遊歩道が整備された。 今日では国内では最大規模、世界でも有数なわさび農場に成長し、訪れる観光客は年間120万人を越えると言う。
大王わさび農場の敷地面積は15㏊(45,000坪)あり、畳を敷き詰めると9万枚分という。 広大な農園は、「安曇野わさび田湧水群」の湧水地の一角にあり、場内にも何本もの清らかな湧水の川が流れている。 その湧水は年間を通じて温度はほぼ一定の13度で、日量12万トンも湧き出ているという。 これは23万人が一日に利用する水量に匹敵すると言うから驚かされる。
場内には一般河川の万水川(よろずいがわ)も流れている。 また中之島に遮られ、ほぼそれに平行して水量は70万トンとも言われる湧水の蓼川(たでがわ)も流れている。 この二つの川は、水温などが違うため混じることも無く平行して流れるのだと言う。 川は場内の何十カ所ものわさび田を潤した後、犀川・千曲川となり、やがて信濃川となり日本海に流れ込んでいる。
わさび田は、砂利の多い砂地で畝を造り、そこに苗を植え、その間に湧水を流す仕組みだ。 砂利で作った堤の高さと角度で、流水をコントロールしているが、先人達が長年の経験から得た知恵である。
万水川と蓼川、二つの川の流れる袂には、小さな小屋が有り、三基の水車がゆっくりと廻っている。 この日本の原風景ともいえる長閑な風景は、ロケ地の名残だそうだ。 黒澤明監督の映画「夢」(1989年)の舞台に使われたもので、当時のままに残していると言う。
わさび田は北畑、東畑、大王畑、古畑等に区分けされ、それらを巡る観光客向けの遊歩道が幾筋も設けられている。 一角には、四季折々の水生植物や水生動物が観察できる、親水広場も設けられている。 ニジマスの飼われた池には、他にもミズスマシやアメンボを見ることが出来る。 ここでは、年間を通して水温の変らない真清水に実際に触れ、体感することが出来る。
農場が一望できる「大王さまの見張り台」、アルプスを一望に望む「アルプス展望台」等からの眺望は素晴らしい。 カップルで渡ると幸せになれる「幸いのかけ橋」や「夢のかけはし」も人気の場所らしい。 農場の守り神・八面大王を祀った大王神社、大王窟、開運洞や、道祖神の姿も至る所に点在する。 入口近くには、総合案内所、お土産処、フードコート、クラフトショップ、そば処、レストランなども有る。
わさびはアブラナ科の日本原産の植物で、歴史的には既に飛鳥時代の資料に記載があるそうだ。 奈良時代には食用ではなく優れた抗菌性から薬用として用いられ、薬味として地下茎を使うのは室町時代以降の事だ。 最近の研究では、認知症の予防や、血流増進、骨密度の強化などの効果が認められている。
わさびの辛みの正体を、「アリルカラシ油」と言うらしい。 わさびは摺下ろすと酵素と辛味であるシニグリンが反応し、あの鼻にツンとくる辛味と香りが生まれるのだと言う。 お寿司や刺身に添えるのは、辛味や香りを味わうと同時に、殺菌効果も期待しての事である。
農場内のレストランでは、取れたてのわさびを使った「本わさび丼」が評判だ。 白飯の上に鰹節、刻み海苔、白胡麻、ほろっこ漬け(わさびの茎と芋の甘酢漬け)を載せ、醤油を入れかき混ぜる。 そこに、ゆっくりと円を描くようにしてすりおろした、わさびを好みにより乗せて頂く。 わさびは、すり方で微妙に辛味が変化するようだ。 空気を巻き込みふんわりとした、きめ細かな状態になると、辛味の中にも美味しい甘みが感じられるようになる。
農場百年にわたる奮闘の歴史は、入口入って直ぐの所にある「百年記念館」で詳しく伺い知ることが出来る。 「水といきる」をメインテーマに、「面白くて、為になる」を基本コンセプトに構成された展示施設である。 場内を周遊する前に、まず立ち寄り、基礎知識を仕入れるのが良いようだ。
場内には観光客向けに、よく手入れされた遊歩道が張り巡らされている。 そんな道を巡りながら、畝の間を浅い清流がチョロチョロと流れる様を見るのは、清々しくて気持ちが良い。 直射日光に弱いわさびの為、畑には日除けの黒い寒冷紗が、幾筋も掛けられ、緑の畑にアクセントを沿えている。 広がる田の幾何学模様は美しく、わさび田を巡る遊歩道は、映画やテレビなどの撮影にも利用されるという。
売店では、その日に収穫したわさびの葉や茎、加工した食品、お菓子等、数多くお土産品を取り揃え販売している。 テイクアウトコーナーの、薄い緑色をしたソフトクリーム「ほんわさびソフトクリーム」も人気らしい。 わさびのツンとくる辛さは殆ど無く、バニラベースにほのかに香る程度で、これなら子供でも食べられる。
安曇野巡りと道祖神
道祖神は、元々は悪霊や疾病などが集落に入り込まないようにと、邪悪を払うおまじないのような物だ。 これには、「村の守り神」「疫病退散」「五穀豊穣」「家内安全」「縁結び」などの願いも込められているそうだ。 集落の入口や峠道、辻々にごく自然に置かれていたものだと言う。
一口に道祖神と言ってもその表情は様々ある。 男女二神が仲良く握手をする「握手像(双体像)」、徳利と盃を持ち結婚を表す「祝言像」などだ。 また、男神が笏を女神が扇を持つ「笏扇像」や、二神が口吻を交わす色っぽい像もあると言う。
道祖神は、全国的に広く分布していて、関東甲信越地方に比較的多と言う。 中でもここ安曇野市には約400体もあり、ここ穗高地方は取分け多く83体にも及ぶそうだ。 この数は、飛び抜けて多いそうで、それらの多くは自然石を加工した素朴な物が多いそうだ。
大王わさび農場内の遊歩道にも、到るところに祀られていた。 安曇野の町中でも、行き着く場所場所で、様々な道祖神がごく自然に置かれて居て、風景に溶け込んでいる。 駅前の観光センターには、「道祖神巡りマップ」も用意されていて、レンタサイクルで巡ることを勧めている。
「安曇野アートライン」と言うのが有るそうだ。 当地を含めた白馬駅辺りまでの鉄道沿線には、大小18館ものミュージアムが集中して立地している。 その内容は、日本の近代彫刻や絵画、山岳美術、絵本の原画、写真、陶器からヨーロッパの近代美術まで多岐に渡る。 この狭い範囲に、これだけ立地しているのは、全国的に見ても極めて珍しい事らしく、このように呼ばれているのだ。
その一角を成す安曇野の里は、アートの里とも言われている。 北アルプスを遠望する山岳風景、日本の原風景を思わす長閑な田畑の広がり、集落の佇まいも実に美しく画になる。 辻々に佇む微笑ましいお姿の道祖神も、清らかな湧水の流れも、木々や一輪の花までもがアートを構成している。 安曇野の里は、どこを切り取っても見事な一幅の画となり、まさにアートの里と呼ぶに相応しい。
ゆっくり巡りたくて歩いて廻ったが、見たいところが沢山有りすぎた安曇野である。 「わさび田湧水公園」、「安曇野スイス村」、「あずみ野F−1パーク」、「アルプスあづみの公園」も気になった。 車か電動自転車を利用して、効率よく廻る方が良かったのかも知れないが、歩いたからこそ見えた物も多かった。 安曇野穗高温泉郷のどこかで一泊泊出来れば良かったのに、と改めて思う。
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