奥羽山脈越え 花輪線
大館駅のホームには、比内鶏、きりたんぽと並んで、秋田犬の像が置かれ「ハチ公神社」として祀られている。
ここは東京・渋谷に有る銅像で有名な「忠犬ハチ公」の生まれ故郷、と同時に秋田犬の故郷でもある。
駅前にも「忠犬ハチ公」と「秋田犬の群像」が仲良く並び、旅人を出迎えている。
大館から出る花輪線は奥羽山脈を越え、岩手県を走る「IGRいわて銀河鉄道」の好摩までの路線だ。
「十和田八幡平四季彩ライン」の長ったらしい愛称が付けられている。
この間106.9キロを27駅で結んでいて、列車の殆どは好摩から先の盛岡まで乗り入れている。
大館駅を出ると大きくカーブしながら奥羽本線を越え、東大館を過ぎた辺りで米代川に沿って進む。
大滝温泉は、米代川の河畔に開け、旧藩時代には秋田藩主の湯治場にも利用された秋田県内では一番古い温泉地だ。
東に向かっていた列車が、大きく北に進路を変え十和田南に向かい、ここで6分ほど停車する。
ホーム脇には、この近くに有る縄文後期の遺跡「大湯環状列石」の模型が作られている。
嘗て路線を更に北に伸ばし、東北本線の三戸と結ぶ計画の名残で、途中駅としては珍しい行き止まり駅と成っている。
ここから列車はスイッチバックで出発し、暫く今来た線路を走り、やがて分かれ南に進路を取り進んでいく。
鹿角花輪は、島式ホーム1面に2線を有する有人駅で、きりたんぽ発祥の地として知られたところだ。
八幡平を過ぎると、美人姫伝説のある湯瀬温泉で、山間に小さな駅を構えている。
湯瀬温泉は秋田県では最も東に位置する駅で、この先で県境を越え岩手県に入ると最初の駅が兄畑駅である。
ここからいよいよ奥羽山脈越えで、既に線路は少しずつ登り始めている。
田山から急勾配を上り、横間を経て、荒屋新町に到着する。
昭和2(1927)年の開業で、恐らく当時のものと思われる、味のある二階建ての駅舎が残されている。
車窓からシラカバ林が見えると安比高原で、スキー場やゴルフ場、宿泊施設等リゾート地らしい景色が展開する。
その先で33‰の峠を越えると松尾八幡平、ここがピークでここからは好摩を目指し一気に山を駆け下りて行く。
すると、車窓右手には形の良い岩手山が間近に見えて来る。
花輪線の殆どの列車は、好摩から先、渋民、滝沢等「IGRいわて銀河鉄道」の線路に入り終点の盛岡を目指す。
この区間はかつての東北本線で、東北新幹線の八戸までの延伸に伴って私鉄の路線に成ったところだ。
渋民は当時の南岩手郡日戸村で生まれた詩人・石川啄木が、生後間もなく移り住んだ故郷として知られている。
東に姫神山、西に岩手山、その中を取り持つように大河・北上川が流れている。
その岸辺には、当時は柳が密生して自然豊かな地で有ったらしい。
啄木はそんな故郷を懐かしみ、望郷の念に駆られては涙し、恋焦がれては歌を詠んでいた。
「かにかくに 渋民村は恋しかり おもいでの山 おもいでの川」
「ふるさとの 山に向かいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」
盛岡の市街地近くになっても、岩手山は相変わらず車窓に付いている。
滝沢を出て新幹線と並走するようになると沿線風景も次第に都会風に変わり、終着の盛岡が近く成る。
花輪線は嘗ての東北本線盛岡駅、「IGRいわて銀河鉄道」の終着駅、0番線に静かに到着した。
線路はこの先行き止まりに成っていた。
湯瀬温泉と津軽街道
湯瀬温泉は、米代川の河畔に開けた山間の小さな温泉地で、川の瀬から温泉が湧出することから名付けられた。
源泉は余り高くはなく58度で、泉質はアルカリ性単純泉で美肌効果があるらしい。
群馬県の川中温泉、和歌山県の竜神温泉と並んで「日本三大美人の湯」として知られている。
温泉街と言うほどの歓楽的なところはなく、旅館ホテルが数軒立地するだけの温泉郷である。
駅からも殆どが徒歩圏内に有り、静かな山峡の湯宿と言った風情を醸している。
この付近には、今も多くの民話が伝え残されていると言う。
囲炉裏端で、「むが〜し、むがし・・・」と、語り部による「昔語りの夕べ」が開催される事もあるらしい。
この日は、「吉祥姫伝説」が名の由来という、「和心の宿 姫の湯」に泊った。
凡そ1500年前、トンボに導かれ長者になった夫婦に桂子という娘が生まれ、やがて成長し継体天皇の妃となった。
姫が帰郷した折病を煩い、それを癒やすため浸かったのがこの湯瀬の湯であったと言われている。
湯瀬渓谷セラピーロード
温泉街を流れる米代川沿いには、その昔「津軽街道」と呼ばれた古道が通っていた。
この道は、江戸時代の紀行作家・菅江真澄も歩いた道として知られているらしい。
今では、湯瀬温泉と八幡平の間4.6qが、「湯瀬渓谷セラピーロード」として整備されている。
林の中を15分ほど歩くと川辺に出て、吉祥橋と名付けられた吊り橋を渡る。
途中には、姫子松と呼ばれる岩の上にそそり立つ五葉松が見られる。
いくさに敗れた落人が隠れ住んだと言われる七かまどなどの見どころも多い。
渓流の瀬音を聞きながら歩く散策路は、多少の上り下りはあるが、八幡平までは2時間ほどだ。
盛岡のわんこそば
盛岡の「わんこそば」は、お腹いっぱい食べてもらおうとする、おもてなしの郷土料理である。
一口大のそばを、お客のお椀に次々と入れ、満腹に成り、お客がお椀の蓋をするまで入れ続ける。
駅の観光案内所で教えられた、駅前ビルの二階にある「わんこそば」の店を訪ねてみる。
お椀をかさねる「わんこそば」は3,150円で、初めにお刺身や鶏そぼろ、なめこおろしなどの薬味が運ばれてくる。
赤い前掛けをしたお姉さんが、「ハイ、ジャンジャン」と軽妙な掛け声をかけてくる。
空のお椀を差し出すと、そのお椀の中に、間髪を入れずそばを投げ入れてくれる。
それを「ズルズル」と喉に流し込み、空になったお椀を差し出す。
するとまたそばが投げ込まれる・・・・この繰り返しである。
一杯食べたら空のお椀を重ね、積み上げて行くので、今どれほど食べたかがすぐに解る。
50杯位までは苦も無く啜り込む事が出来たが、次第にそのペースは落ち、ついに80杯でギブアップの時が来た。
沢山食べるコツは、そばを噛まないこと、つゆは飲まないこと、適度に薬味で気分を変えることらしい。
それに「沢山食べてやろう」と、事前の食を控え、余り空きっ腹で挑戦しないことも大事らしい。
100杯以上食べれば、オリジナルの「証明手形」が貰えるので挑戦してみるのも良いだろう。
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