道の駅・日和佐

 

 田井ノ浜で同宿の男性はここから電車に乗ると言うので、日和佐の駅で彼を見送る。

その後駅を出て、隣接する「道の駅」に立ち寄って休憩、多少の食べ物を調達し再び遍路道に出る。

この日の宿は、20qほど先の、鯖瀬にある鯖大師の宿坊を予約している。

 

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

 

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

 

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

 

鯖大師の宿坊「へんろ会館」を予約する折、アドバイスを受けていた。

「景色は海沿いの旧道が良いが、距離は随分と長くなるから国道を歩くと良い」という。

その国道55号は、海岸線とは少し離れ、ほぼJR牟岐線と並行し、奥潟川に沿って室戸岬に向っている。

国道が開通する以前の古い遍路道は、海岸線を辿る道であったようで、地図にも細い道が描かれている。

 

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

 

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

道の駅・日和佐

 

 

室戸に向けて

 

日和佐から3キロほど歩くと海側の道「南阿波サンライン」への分岐があるがここは迷わず国道を選ぶ。

太平洋を見わたすドライブルートらしく、牟岐の町まで続いている。

歩き初めて凡そ2時間、美波町から牟岐町に入り、右折して牟岐橋を渡りJRの駅を見て左折し国道に出る。

牟岐の町は、既に夕方のラッシュが始まっているようで、国道の赤信号に車列が延びている。

 

天気はこれから崩れ、大荒れになるとの予報が出されている。

今のところは風が強い程度だが、雲が多く、日差しが届かない分、暑からず寒からず歩くには丁度良い。

歩き始めて3時間、薬王寺からは13.5キロ、牟岐橋を渡ったところで一休み。

一人歩きの遍路が、一人、また一人と牟岐川の対岸の国道を通り抜けていく。

さすがに、シーズンに入って、歩く遍路も多くなった様子だ。

 

南阿波

南阿波

南阿波

 

南阿波

南阿波

南阿波

 

南阿波

南阿波

南阿波

 

牟岐の駅前を過ぎると、ここら辺りは入り組んだ海岸線が続く。

本来の遍路道は、その先で左に入って山越えをするが、ここは迷わず国道を歩いて八坂トンネルを抜ける。

ここは坂が八箇所、浜が八箇所連続している事から、八坂八浜と呼ばれる難所だが、風光明媚なところだ。

歩き遍路にとっては昔から歩きにくい浜辺と、上り下りを繰り返す道が難所として知られたところでもある。

 

南阿波

南阿波

南阿波

 

南阿波

南阿波

南阿波

 

 国道から内妻海岸が見えてきた。

折からの強風で立つ波が絶好なのか、無数のサーファーが豆粒のように沖に群れている。

少し休むだけのはずが、サーファーの妙技に見とれ、すっかり時間を取ってしまった。

 

16時少し前、小さな無人駅、JR鯖瀬駅に一両のジーゼルカーが止まった。

その下を潜る狭い道が奥に延びていて、見通すとその先に四国霊場番外札所・八坂山鯖大師本坊が見える。

そんなに広くは無い境内に、札所ではないからか参拝者の数は少なかった。

 

 

鯖大師・縁起と護摩業

 

八坂山鯖大師の境内奥に近代的な建物の遍路会館があり、そこが今晩の宿だ。

お参りを済ませ、早々と宿に入り、大浴場もあるのでゆっくりと湯船に浸かり疲れを癒す。

洗濯を済ませ、乾燥させていると食事の時間を告げる放送が流れる。

 

乾燥が済んでいないので、その後でと思っていたら、「皆さんがお待ちなので・」と、お坊さんが呼びに来た。

どうやら、食前に作法の説明が有り、皆揃ってお祈りがあるらしい。

急いで食堂に向うと、10人ほどの泊り客は全員神妙な面持ちでテーブルに付いている。

 

鯖大師

鯖大師

鯖大師

 

鯖大師

鯖大師

鯖大師

 

お坊さんから、今晩と明朝のお勤めの説明があり読経がある。 その後全員で

『一粒の米にも 万人の労苦を思い 一滴の水にも 天地の恩徳を感謝し 有難く頂きます』

と食前の言葉を述べ食事となるのだが、なんだか今までの遍路宿での食事風景とは全く違う。

皆寡黙になって、ただ食事を進めるだけ、そんな厳粛な雰囲気が支配しているのか話が出にくい。

ビールも飲めるようだが、欲しくともとても飲める雰囲気ではない。

 

そして、食事が終わると今度は食後のことばを各々が述べると、これでご馳走様となる。

『今すでに有難き食を受け 力身に満つ 願はくば身を養い 心を修め報恩の道にいそしみます 

ご馳走様でした 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛』

 

鯖大師

鯖大師

鯖大師

 

鯖大師

鯖大師

鯖大師

 

7時からのお勤めが始まった。

四国霊場のご本尊の並ぶ全長88メートルにも及ぶ不動洞窟を、お砂ふみしながら護摩堂の内陣に向う。

その薄暗い神秘さが、雰囲気を醸しだしている。お香で手を清め、中央の祭壇を囲むように設けられた席に着く。

蝋燭のほのかな明かりの中、僧侶による護摩供養が始まった。

灯りに浮かぶ憤怒の形相の不動明王の前に、重いが良く通る僧侶の読経が響き、鐘・太鼓の鳴り物が彩りを添える。

護摩木が焚かれると、大きく炎が立ち上がり、祈願文が読み上げられ、クライマックスを迎える。

 

翌朝6時から本堂で朝のお勤めが有ると言うので行ってみる。

暖房が入っているとは言え、やはり本堂の空気はひんやりと冷たく気が引き締まる。

般若心経とその和訳を全員で読経、そのあとご住職の鯖大師縁起の行の説教を聴く。

 

鯖大師

鯖大師

鯖大師

 

鯖大師

鯖大師

鯖大師

 

『この地で修行中の大師が、通りかかった馬子に「積荷の干塩鯖」を所望したが、馬子は

「大事な商売ものだ、坊主にやる鯖は無い」と断った。馬子が次の峠に向うと馬が俄かに倒れ動かなくなった。

先ほどの坊さんに、鯖をやらなかった事が気にかかった馬子は、引き返し、鯖を差し出し謝った。

大師は「塩鯖が欲しかったのではなく、大切なのは布施の心なのだ」と教え諭す。

 

そして峠に向って暫く合掌し「馬はもう元気になっている」と言った。

更に貰った干鯖を海に放つと鯖は、生き返って勢い良く沖に向って泳ぎ去ったと言う。

それを見た馬子は、この霊験に発心してこの地に草庵を結んで出家した。

以来この地を鯖大師と呼ぶようになった』

 

最近では「さすがに干した鯖が生き返る筈も無い」と、「泳いで行くかの如く見えた」と言い改めている。

ご住職もこう話しをしてくれた。

食事の作法も、護摩供養も、朝の説法も初めての体験であった。

いくら信仰心の薄い身で、宗派が違っても、さすがにこの厳粛な勤行を目の当たりにすると、身が引き締まる。

それはそれで不思議な感動を覚え、貴重な体験が出来たとありがたく思う。

 

 

大荒れの予感(?)

 

雷鳴が轟き、強い風が吹き荒れ、雨も激しく降り、時折ガラス窓を激しく叩いている。

暗闇で一瞬明るく光ったかと思うと、頭上でゴロゴロ、ドカドカと鳴り回りビリビリとガラス戸を細かく揺する。

外は、天気予報通りの大荒れの天気になっているようだ。

 

朝、目が覚めると雨は上がっていた。しかし昨夜の風はそのまま残り、木々を強く揺らし吹荒れている。

雨は相当降ったのか道路にはかなりの水が溜まり、小枝があちこちに散乱し、ちぎれ落ちた葉が道に張り付いている。

朝日は既に昇っている筈なのに、垂れ込めた薄い雲のベールなのか、春特有の霞なのか、隠れて見えない。

 

室戸に向けて

室戸に向けて

室戸に向けて

 

室戸に向けて

室戸に向けて

室戸に向けて

 

室戸に向けて

室戸に向けて

室戸に向けて

 

7時過、鯖大師の宿坊を辞し、室戸へ向けて長い道のりを歩きだす。

今日の泊まりは尾崎にある旅館で、そこまでの行程は42キロ余り先となる。

途中、立ち寄る札所も無く、唯ひたすらに室戸に向けて歩き続けるだけだ。

 

遍路道はほぼ国道55号線を辿って行くが、所々で旧道も残されている。

しかし旧道は山越えがあったり、距離も長くなると教えられているので、ひたすら国道を歩く。

JR牟岐線の浅川駅を過ぎ暫く行くと「遍路小屋第一号 香峰」があり、ここで暫く休憩をする。

 

綺麗に掃き清められた小屋の中央にテーブルが有り、その上に小さなクーラーボックスが置かれていた。

中には、氷で冷たく冷やされたトマトが一杯納められている。

自由にお召し上がり下さい、と有るからありがたく一つ頂いてかぶりつく。

美味しい。ひんやりと冷たくて感触の良い、甘い果汁が喉を落ちていくと、ひと時疲れが飛んでいくようだ。

 

室戸に向けて

室戸に向けて

室戸に向けて

 

室戸に向けて

室戸に向けて

室戸に向けて

 

室戸に向けて

室戸に向けて

室戸に向けて

 

阿波海南の駅前を過ぎ、国道に架かる新海部川橋を渡る。

橋の僅かな傾斜しか無い取り付け道路なのに、右足の親指の付け根辺りが異常に痛く成って来た。

明らかにマメが出来ている感触だ。

足さえ痛く無ければ、那佐湾を左に見る海沿いの道は気持ちが良いのに・・・・。

 

 

瑠胡ちゃんの誕生日

 

歩き始めて10キロ余り、2時間半以上が経過していた。

そろそろ休みたいなぁ・・と話しながら、宍喰町那佐に差し掛かったとき、道路の左側に看板を見つけた。

 

“二日限りのお遍路さん休処”。

倉庫のような建物の中央にテーブルと椅子が置かれ、みかんやお菓子、飲み物が用意されている。

ありがたく休ませて頂いていると、奥からここのご主人が現れ「立ち寄ってくれて有難う」との弁。

無人の休憩所かと思っていたので、些かこちらも慌てて「いや、どうも・・・助かります・・」と返す。

 

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

 

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

 

ふとテーブルの上に目を遣ると、

『愛娘瑠胡(ろこ)8才の誕生日 3月20日 全てに感謝を込めて19日・20日と二日限りの心ばかりのお接待です! 

少しばかり足を休めて下さい』と、瑠胡(ろこ)ちゃんの写真を添えて、こんな掲示がしてあった。

 

「今日は娘の誕生日なので昨日と今日、感謝を込めてお遍路さんの接待をさせて頂いている」

「立ち寄ってくれるお遍路さんが少ないので・・・立ち寄ってくれた事が嬉しい・・・」

などと言いながら、サイフォンでコーヒーを煎れてくれる。

コーヒーの出来る間も、テーブルのみかん等を頂きながら、お接待をありがたく頂く。

 

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

 

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

瑠胡ちゃんの誕生日

 

県境越え

県境越え

県境越え

 

足に肉刺が出来、痛みが増し始めた時でもあったので、この美味しいコーヒーは、本当にありがたい。

お礼を述べると、「たいしたことは出来ないが・・」と、ご主人はしきりに恐縮する。

なかなかどうして、そうそう出来るものではなく、愛娘に対する並々ならぬ愛情を感じずにはいられない。

瑠胡(ろこ)ちゃんの真心のお接待を頂きました、ありがとう。そして誕生日、おめでとう。そして健やかに・・・。

 

 

県境越え

 

旧宍喰町に入ると、国道沿いに、モスク調の建物と南欧のリゾートホテル風の建物が見えてくる。

大手海岸の真向かいにある道の駅・宍喰温泉だ。

ここは、深さ1000メートルから湧き出る、アルカリ炭酸水素塩泉の温泉が有り、立ち寄り湯が知られている。

しかし今日は40q以上を歩く長丁場、ゆっくりとしているわけにはいかない。

 

県境越え

県境越え

県境越え

 

県境越え

 県境越え

県境越え

 

 県境越え

 県境越え

 県境越え

 

 海岸を望みながら、その先で宍喰大橋を渡ると、眼下には宍喰漁港が見える。

宍喰の町を抜け、水床トンネルを抜けると、そこは県境で徳島から高知へと入っていく。

これで発心の道場・阿波23ケ寺が終わり、いよいよ修行の道場・土佐路が始まる事になる。

最初の札所、第24番・最御崎寺までは、まだまだ気の遠くなるような道程で、室戸は遙か、遙か先である。

 

 


 

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